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ひらめき美容師たる所以、無いものは作る

手作りのペン立て&シザー収納

2000年ごろに閃いたペン立て&シザー収納(アルミ線で手作り:実用性は良好)

ひらめきと実績は地元館林-親元の美容室から始まる

海外版ヘアカタログ写真に魅せられて、1985年に市内のカメラ店で中古の中判カメラを購入。最初はシャッターも分からない状態から独学で腕を磨きモノクロの髪型写真撮影に没頭。

美容室&写真スタジオ

1989年の七五三・成人式スタジオ撮影にと繋がる。「デジタル写真の現在では多くの美容室で取り入れている」が、フイルム時代では困難を極める。又、地元の写真館から警戒されたり2足のわらじかと揶揄される。しかし3年後には群馬フジカラーからも視察に訪れほど腕をあげ、正式に写真スタジオと認可され看板を設置して頂いたが、撮影にこだわり過ぎ10年ほどで閉館。

ビジュアルの経験が原点

親元のサロンと生来の凝り性が相まって、髪型の記録撮影とスタジオ制作~記念撮影の二つの経験が、30年後の①無影灯照明&見える化環境 ②石倉カット ⓷理美容用具開発に向かわせた。

自社の拡大路線から手を引き自身の技術力の掘り下げに注力

1998年、美容師デビュー当時から心に引っ掛かっていた剛毛,多毛,くせ毛,強毛流などに対応のカット技術追求を始めると決心した。売り上げダウンを承知で、その翌日からくせ毛など切りっぱなし手入れ要らずの独自ドライカット「石倉カット」研究に27年を費やし残りの美容人生をかけることにした。1999年美容界トレンドメニューの縮毛矯正をやめ「再現性の証のため:仕上げ剤無しブローなどセット無し」シャンプー後のみハンドドライヤーを使用して手だけで乾かすだけを貫いている。何もしなくてもキレイに仕上がるモデルさん的な素材で、作り込んだ髪型でアピールする美容界に決別した。

現在、美容師とヘアメークの役割区分がない

パーマ屋さんと呼ばれた2000年頃までは、ヘアメークと美容師は役割が区分されていたが現在は一色たんになっているのも問題である。ヘアメークの役割はファション誌,TVなどクライアント(広告主)のため、モデル選びから衣装,メーク,髪型まで徹底的に作り込んで仕上げる非日常的業界。美容師の役割は髪質,年代,職業も様々な一般のお客様を担当する。当然セルフヘアになるので、カットだけでは決め難いくせ毛、剛毛などの難髪でも髪型再現性のためには、髪質を考慮したカット技術で決めることが重要になる

髪型再現性は再来店時の髪型が証

K様、3ヶ月前に石倉カットの髪型はそれなりに決まっている。再来店時の髪型が重要!くせ毛、剛毛、多毛などのまとまり難い髪型の再現性の証になる

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